海外ビジネス研究:タイ編前半「タイ人は本当に親日家なのか?」移り変わる親日感情を解説
社外アイデア企画室株式会社による海外ビジネス研究、今回は「タイ人が日本に求めるものとは」をテーマにお届けします。
2023年2月にタイのバンコクで開催されたWAOJE GVF 2023 in バンコク「Global Venture Forum」には、世界で活躍する日本人経営者や幹部約400人が集い、セミナーや懇親会を通じて情報交換が行われました。
サッカー元日本代表の本田圭佑氏や政治学者の三浦瑠麗氏も講演を行い、日本のソフトパワーや教育、グローバルビジネスに関してさまざまな意見交換がなされたこのフォーラムに社外アイデア企画室株式会社も参加。
そこで語られた数々の興味深いテーマの中から「タイ人は本当に親日家なのか」について深掘りしていきます。
WAOJE(ワオージェ)
◆海外を拠点に活躍する日本人経営者のネットワーク
2004年に「香港挑戦会」という名前でスタート。アジアに支部を増やし「和僑会」に改名。さらに世界にネットワークを広げ2017年に「WAOJE」に名称を変更。
◆2023年現在の拠点は世界26ヶ所以上
東アジア、アセアン、日本を中心に、北米・南米・欧州・中東でも展開。経営者同士の交流、学習機会の創出、経営支援、社会貢献といった活動を行う。
◆2017年からGlobal Venture Forumを開催
タイ・カンボジア・オーストラリアなどで数百人規模のフォーラムを開催。世界中から日本人経営者が集まり、それぞれの国・地域の生きた情報を交換。
目次
時代とともに変遷するタイ人の親日感情
今回、貴重な話を聞かせてくださったのは、バンコク日本博の運営団体の代表を務める長谷川卓生氏。20年以上前にタイにわたり、緊密な日タイ関係の構築に尽力されてこられました。
そしてタイと日本をつなぐプロジェクトマネージメントを行うタイ企業「mediator」のCEO、ガンタトーン・ワンナワス氏。日本の大学を卒業後、大使館勤務を経て、政府機関やJETROのアドバイザーとして、日本企業のタイ進出に尽力。現在は在タイ邦人やタイ人に向け、多数の講演を行なっています。
長年、日本とタイの友好に力を注いできた両氏が見つめてきた「タイの親日感情」。
長年タイは「親日国」といわれていますが、そこには時代の移ろいがありました。
バブル景気を挟む
1980〜1995年
1980年代に入り始まった円高。1985年のプラザ合意による円高不況。そして1986年から1991年にかけて続いたバブル景気。
この時代は日本の家電や自動車が世界で人気を集め、「日本製」という言葉が憧れのブランドとして位置付けられていました。
とくにAV機器は「ハイテク・高性能・ユニーク」と評判で、SONYや松下電器(現パナソニック)の製品は世界中に輸出。
また日本車も高性能で壊れにくいと評判で、トヨタが世界へ大きく飛躍したのもこの頃です。
「良いものであれば売れる」。モノづくりの国・日本の象徴的な考え方が、タイでもそのまま受け入れられ、多くのタイ人が日本製品を欲しがり、日本へ憧れの感情を抱いていました。
エンターテインメントがもてはやされた
1995〜2005年
20世紀の終わりから21世紀の初めにかけては、日本のエンターテインメントが元気だった時代。
音楽では小室ファミリーが大流行し、安室奈美恵さんが一世を風靡。またSMAPが国民的アイドルと言われるようになり時代の寵児として活躍していました。
アニメではワンピースやポケモンが始まったのもこの頃。当時はアジアの多くの国々で日本のアイドルや音楽、映画、ドラマが大流行。また日本のファッションに憧れる若者が多く、ファッション雑誌も輸出されていました。
この時代もタイの人々が日本に抱く感情は「憧れ」。日本が発信するエンターテイメント文化への憧れがそのまま、親日感情へとつながっていました。
空白期間となった
2005〜2010年
バブル崩壊から15年。一向に景気が上向かず、日本のモノづくりもエンターテインメントも元気をなくしていったのがこの時代。
かつて大人気だった日本製の家電や自動車からは「クールさ」が失われ、すでにタイ人にとって憧れのブランドではなくなっていました。
J-POPやテレビドラマも目立ったヒット作がなく、浜崎あゆみさんなど一部のアーティストを除けば、アジアにおける日本のエンターテインメントの存在感は縮小。
この時代は、タイ人の親日感情が薄れたのではなく、日本がアジアを魅了するものを発信できなかったといえるでしょう。
一貫して変わらない人気を
獲得するアニメ文化
長年にわたって愛され続ける日本のアニメ。「ドラえもん」や「ワンピース」のように20世紀から変わらずロングスパンで人気を維持しているものもあれば、「鬼滅の刃」のような新しいものも高く評価されており、日本を代表するコンテンツとしてタイでも多くの人に親しまれています。
しかし、音楽やドラマ、家電製品は韓国が躍進。街を歩いていてもK-POPアイドル風な装いのタイ人アイドルを起用した看板を目にすることが多く、アニメは、エンターテインメント文化の中で日本にとって最後の牙城といえるかもしれません。
タイ人が現在の日本に求めるものは?
ここまで読んで「タイ人は今も親日家なのか?」と疑問がわく人もいるでしょう。
結論をいうと「今でも親日家の人はたくさんいます」。ただしタイ人が日本に求めるものはかつてと大きく様変わりしています。
彼らが日本に何を求めているのかといったとき、キーワードとなるのは「経験・体験」、そして「コンセプト」です。
「モノ消費」ではなく「コト消費」
日本に旅行にくるタイ人の多くは、日本でしかできない経験や体験を求めています。
インターネットの普及で世界中どこからでも欲しいものを手に入れることが可能になった現在。
また国の発展で自国製品も潤沢になったタイの人々が、日本へ向ける視線の先にあるものは、日本製品などの「モノ」ではなく、日本でしかできない経験や体験といった「コト」です。
自然豊かな日本で、とくにタイ人に人気なのはスキー・サイクリング・ダイビングなど。
タイのGDPはコロナで多少落ち込みはしたものの、2000年代に入ってから右肩上がりなので、富裕層だけでなく中間層も収入が高くなったことで、スキーやダイビングのような高価な道具を必要とするスポーツを楽しむ人が増加しました。
スキーは常夏の国タイでは楽しめないスポーツ。またタイにはプーケットなど美しいビーチがたくさんありますが、あえて沖縄へ来てダイビングを楽しむことに「体験」の醍醐味を見出している人も多い様子。
日本のインバウンド戦略の鍵はここにあるといえるでしょう。
現地化しやすいコンセプト
経験・体験のほかにタイ人が日本に注目しているのは日本独自の「コンセプト」です。
日本のアイドルグループをローカライズ
エンターテインメントの分野で日本からタイへ輸出されたコンセプトといえばAKB48がわかりやすでしょう。
AKB48はアジアでも一定の人気がありますが、いまタイで求められているのはAKB48そのものではなく、AKB48のスタイルで作られたタイ発のグループ。
日本で生まれたコンセプトを上手に「現地化」することで、国産アイドルを生み出しています。
「アイドルの現地化戦略」はK-POPにもみられる動きで、K-POPの事務所が日本でオーディションを行い日本人だけで構成された「K-POPアイドル」を育成。
この「自国のコンセプトを他国の人に体現してもらい世界に広めてもらう」といったコンセプトの輸出は、今後エンターテインメント以外の領域でも広がっていくでしょう。
「おまかせ」という概念の汎用化
日本はこれまで、「かわいい」や「もったいない」といった言葉を世界に広めることで、日本独自の概念をグローバル化してきました。
そして今、タイの人たちが日本から取り入れているコンセプトには「おまかせ」や「生きがい」といったものがあります。
レストランが、来店客との信頼関係の構築の重要性に目を向け「おまかせ」で注文を受けたり、経済的に豊かになった人がお金や仕事と離れて「生きがい」について考えたり。
コンセプトの輸出は単に「考え方を伝える」ことにとどまらず、ビジネスモデルや生き方にも大きな影響を持ちます。
日本人にとっては当たり前の考え方が、外国人にとっては新鮮なことがあり、新しい価値の提供に結びつくことも。
今後、私たち日本人はどのようなコンセプトを海外へ輸出していけるのか。
この点を突き詰めていくと、これからの日タイ関係をより緊密にする方策が見えてくるのではないでしょうか。
タイの給与事情
ここでタイの給与事情について少し紹介したいと思います。
タイ全体の平均給与は月給10万円程度。この数字を見るとまだまだ発展途上国のように感じるでしょう。
しかし、首都バンコクにある企業の部長職の平均年収は約2054万円。日本の部長職の平均年収は1714万円なので、都市部のホワイトカラーだけで比較すると、日本は大きく溝を開けられています。
都市部の暮らしはすでに日本を追い抜いているタイ。「平均月給10万円」とは一体、どういうことなのでしょう。
タイで所得税を払っている人は全体の5分の1
タイの労働者のうち所得税を払っているのは1000万人程度、労働者全体の5分の1にとどまります。
労働者の5分の4は非課税対象者。露店で食べ物を売るなどして日銭を稼いでいる人たちが該当します。
月給より日当を好む人が多数
日本で日雇いで働いている人は労働者全体の1割程度と推計されますが、タイでは8割の人が日当。
日々の生活費や食費のためにあえて月給制ではなく日当を選ぶ人が多いのですが、その人たちが貧しい暮らしを余儀なくされているかというと、決してそういうわけではありません。
家族が不自由することなく十分な暮らしをしているケースも多い傾向。国は日雇い労働者を非課税にすることで、彼らの暮らしを守っています。
日本は好きだけど働きたい国ではない
日本が、東南アジアの人々にとって憧れの国だったのは過去の話。すでにタイ人にとって日本は「働きたい国」ではなくなってしまいました。
理由は労働環境と給与事情。日本が外国人労働者にとって働きやすい国でないことは、多くの人が知るところでしょう。
「日本語」という特異言語をわざわざ習得し働きにきても、旨みがないと多くのタイ人が感じています。
優秀な人材は英語を習得しアメリカを目指すのがスタンダードになりつつあるタイ。アジアでは中国や韓国に魅力を感じる人が多いようです。
タイの親日家を次世代へ繋げるために
日本に旅行に来るタイ人のうち、7割がリピーターという統計があるくらい、日本はタイ人にとって魅力的な旅行先。
先ほど「モノ消費」から「コト消費」への移り変わりを解説しましたが、今後は「トキ消費」「イミ消費」へと変遷させていく必要があると考えます。
これらの違いはコンサートに例えるとわかりやすいでしょう。コンサートのチケットやグッズの購入は「モノ消費」、コンサートを観るのは「コト消費」です。
ここに「感情」というポイントが加わると、「今ここでしか味わえない感動を得る」という「トキ消費」に変わり、その感動が自分の人生や生活に彩りを与えてくれる「イミ消費」にたどり着きます。
日本がタイ人に限らず多くの訪日外国人にとって「イミ消費」を実現できる国になっていければ、今後も「親日家」は増え続けていくでしょう。
しかし、「旅行で行くのはいいが働きたい国ではない」という点は見逃せません。
では、どうすれば日本が外国人にとって「働きたい国」になれるのか。その話は後半で詳しく解説します。
※こちらの記事は社外アイデア企画室株式会社が配信しているPodcastの内容をまとめたものです。配信は以下よりご視聴いただけます。